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最高裁判所第一小法廷 平成6年(あ)609号 決定 1995年12月05日

主文

本件上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中四五〇日を原判決の懲役刑に算入する。

理由

一  弁護士大迫惠美子の上告趣意のうち、憲法違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、その余は、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

二  1 所論は、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)一七条一項により一万六〇〇〇円の追徴を命じた原判決には、麻薬特例法の解釈を誤った違法があると主張するので、職権により判断する。

2 原判決の認定するところによれば、被告人は、三回にわたり営利の目的で覚せい剤を他人に譲渡して現金合計一万六〇〇〇円を受け取ったほか、営利の目的で覚せい剤を所持する等の犯行に及んだものであるが、右現金合計一万六〇〇〇円が右所持に係る覚せい剤の購入資金に充てられた可能性が否定できないというのである。

3 麻薬特例法一条は、薬物犯罪による不法収益等をはく奪すること等により、薬物犯罪の主要な要因を国際的な協力の下に除去し、薬物犯罪の助長を防止するとともに、これに関する国際約束等を適確に実施することを目的として、薬物犯罪を規制する麻薬及び向精神薬取締法、大麻取締法、あへん法及び覚せい剤取締法(以下「薬物四法」という。)の特例等を定める旨規定する。そして、麻薬特例法一四条ないし一七条は、必要的没収等の具体的な対象として、薬物犯罪の犯罪行為により得た財産等の「不法収益」と、不法収益の対価として得た財産等の「不法収益に由来する財産」等を規定し、他方、薬物四法は、薬物犯罪の犯罪行為自体を処罰するとともに、薬物四法が規制する薬物の必要的没収を規定している。そうすると、麻薬特例法は、従前の薬物四法による必要的没収の規定を補完するために立法されたものというべきであって、薬物犯罪による「不法収益」だけではなく、それが変形、転換した「不法収益に由来する財産」をも必要的没収の対象とし、更に没収ができない場合にはその価額を追徴することとし、もって、「不法収益」の循環を断ち切るとともに、「不法収益」を全面的にはく奪することにより、経済面から薬物犯罪を禁圧しようとするものと解される。このような麻薬特例法の立法趣旨に徴すると、「不法収益」により規制薬物を購入した場合のように、「不法収益」が薬物犯罪の介在により規制薬物に変形、転換したときには、右規制薬物は、薬物四法による別個の薬物犯罪を構成するものとして必要的没収の対象となるのであるから、もはや右規制薬物は、麻薬特例法にいう「不法収益に由来する財産」には該当しないというべきであり、右の「不法収益」は、規制薬物に転化したため没収することができないのであるから、その価額を追徴すべきことになる。ちなみに、この場合、「不法収益」の追徴は、「不法収益」を生じる原因となった薬物犯罪に基づいてされるのに対し、「不法収益」が変形、転換した規制薬物の没収は、新たな薬物犯罪に基づいてされるのであるから、いわゆる二重処罰の問題を生じることはないのである。したがって、麻薬特例法にいう「不法収益に由来する財産」には、「不法収益」が薬物犯罪の介在により規制薬物に変形、転換した場合を含まないと解するのが相当であり、被告人が営利目的で所持していた覚せい剤が不法収益である現金合計一万六〇〇〇円に由来する財産ではなく、右不法収益である右現金は没収することができないとして、その価額を追徴すべきものとした原判決は、正当である。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項ただし書、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高橋久子 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)

上告趣意書

第一 原判決は、憲法第三一条、二九条一項に違反しており、直ちに破棄されるべきである。

一 原判決は、覚せい剤の買い入れと密売が累行された場合にあっては、初回の譲渡代金(不法収益)をもって次回の覚せい剤を買い入れた場合等には、同覚せい剤は、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)第一四条一項二号にいう「不法収益に由来する財産」には当たらないという。

ところが、麻薬特例法第二条四項においては明文で、「不法収益に由来する財産」とは、不法収益の果実として得た財産、不法収益の対価として得た財産その他不法収益の保有又は処分に基づき得た財産をいう、と定義されている。この定義にあてはめれば、初回の譲渡代金(不法収益)で購入した次回の覚せい剤は、不法収益の対価として得た財産であるから、まさに「不法収益に由来する財産」に当たるはずなのである。

原判決は、かかる明文の定義に適合しない冒頭に掲げたような解釈をする理由として、麻薬特例法の立法趣旨が「薬物四法による規制を前提とした上」それらを「補充するための特例法として」「薬物犯罪から生じる不法収益等を的確にはく奪することにより、資金面から薬物犯罪の禁圧を図るという観点から、無形の財産を含む広範囲の没収・追徴制度や不法収益等の隠匿、収受行為の処罰などを定める」ものであるから、「同法の没収・追徴についても、従来の薬物四法においてはく奪できない財産を特にその対象に取り込もうとするものと考えられる。」ということを挙げる。

二 右原判決の解釈は、一見麻薬特例法の「不法収益に由来する財産」の範囲を、その立法趣旨に照らし、必要最小限に限定した制限的解釈のように見える。なぜならこの解釈の結果、いわゆる薬物四法により没収すべき薬物の全てが、「不法収益に由来する財産」からはずされ、麻薬特例法によっては没収されないことになるからである。

しかし、実はその結果、同法一七条一項により「没収すべき財産を没収することができないとき」の範囲が拡大して「その価額を追徴す」べき場合の範囲は広がることになる。本件でも原判決は、被告人に対し、初回の譲渡代金相当額を追徴しており、その上当然のことながら所持していた次回の覚せい剤については、覚せい剤所持罪により没収している。

かような結果からみれば、原判決の解釈は麻薬特例法一七条一項に規定する追徴の適用範囲を拡張するためのものであることは明確である。すなわち、行為者の不利に刑罰法規を拡張解釈するものなのである。

三 なるほど、ある法令を解釈するにあたり、その立法趣旨に照らし目的的に解釈することが許されることは、論を俟たないところであるが、刑罰法規にあっては、かかる目的的解釈の結果が明文から通常予想される刑罰適用の範囲を逸脱し、行為者に新たに予期せぬ刑罰を科すことになるのは、憲法第三一条の罪刑法定主義に反して許されないこともまた当然である。

そこで、仮に原判決のように、麻薬特例法を目的的に解釈する必要があるとしても、その結果が憲法第三一条に抵触しないためには、その解釈を明文から予想できたかどうかを検討する必要がある。

そして、ここで予想できたか否かは、「通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れるかどうか」という、犯罪構成要件の明確性を決する基準(最高裁判所大法廷判決昭和五〇年九月一〇日刑集二九巻八号四八九頁)によるのが相当である。

四 麻薬特例法に関し、原判決のような解釈の結果が、通常の判断能力を有する一般人の理解において判断可能な基準が明文から読み取れたというには、

1 原判決のいうような立法趣旨が、麻薬特例法の明文等から伺われること

2 右立法趣旨に照らして、原判決のような解釈をするのでなければ立法目的が達成できないことが一般人にも容易に伺えること

3 法令解釈適用の一般原則からみて、かような解釈をするであろうことが一般人をして容易に推測しうること

の三点を要するものと考える。

以下、右三点について検討する。

五 まず、右1の点であるが、麻薬特例法の立法趣旨は同法第一条に記載されており、それは、要するに薬物犯罪による不法な利益を洩れなく没収することにある。かかる立法趣旨は、明文より、通常の判断能力を有する一般人の理解において容易に知り得るものである。

次に2の点であるが、これについては問題がある。すなわち、右1の立法趣旨からみれば、「不法収益に由来する財産」の範囲はできるだけ広く解し、没収できる範囲を広げることこそその趣旨に適うということになるはずだからである。

とするなら、原判決のような解釈が立法目的達成のために必要であることは、一般人をして容易に知り得るとは言い難い。

更に3の点であるが、これも問題である。つまり、原判決は、既に制定されているいわゆる薬物四法との関係から、薬物四法により必要的没収とされているものについては重複して没収する必要がないから、麻薬特例法において必要的没収とされたものから除かれるとの立場を取る。

しかし、かかる解釈は法令の解釈としては甚だ変則的なものと言わざるを得ない。なぜなら、一般に二つの法令が同一事項について重複して規定する場合は後法が前法に優先すると解するのが原則であって、後法が前法の適用範囲を避けてその周辺のみを規定するというには、明文の留保があることが必要なはずだからである。また立法者としても、後法制定時には当然前法の存在を熟知しているのだから、立法趣旨が原判決のようなものであるなら、容易に留保をつけ得たことも併せ考えるならば、原判決のような解釈は、二つの法令間の適用範囲に関する解釈態度としては、一般原則をはずれるものと言うべきである。

とするならば、原判決のような解釈は、通常の判断能力を有する一般人の理解においても到底予期し得ない解釈であったと考えられるのである。

六 以上を総合すると、原判決のような解釈の結果、本件のように覚せい剤の買い入れと一部の密売が累行された場合に、初回の譲渡代金で購入された次回の覚せい剤を所持していながら、初回の譲渡代金相当額を追徴されるということは、通常の判断能力を有する一般人の理解において麻薬特例法を読む限り予想できないと言わざるを得ない。

原判決のような結論を導くには、麻薬特例法の「不法収益に由来する財産」について、いわゆる薬物四法により没収すべきものは除く、との留保がなければならない。

従って、かかる留保がないにも関わらず、被告人に追徴を科した原判決は、憲法第三一条に違反し、かつその結果被告人の財産権を保障する憲法第二九条一項にも違反する判決であり、直ちに破棄されなければならないものである。

第二 原判決は、憲法第三九条に違反しており、直ちに破棄されるべきである。

一 右第一で述べた原判決の結論は、結局経済的には初回の譲渡代金相当額を二重に奪うことになるものであり、「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問」うものである。

すなわち、麻薬特例法の「不法収益に由来する財産」をその文言どおり理解するならば、被告人の所持していた覚せい剤は、一面では覚せい剤取締法の規定する覚せい剤所持罪の組成物件としての性格を有するとともに、反面では麻薬特例法の「不法収益に由来する財産」としての性格をも併せ持つことになり、その覚せい剤が没収されたならば麻薬特例法によっても没収が行われたことになるものである。

にも拘わらず麻薬特例法により「没収ができないとき」に当たるとして更に譲渡代金相当額が追徴されれば、これは同一の犯罪について、重ねて刑罰が科されたものと言わざるを得ない。

二 この点に関し、原判決は、覚せい剤の没収は、覚せい剤譲受罪ないし所持罪に係るものであることを理由に処罰するのであり、譲渡代金相当額の追徴は、覚せい剤譲渡罪の犯罪行為による不法収益であることを理由に処罰するものであり、同一の犯罪について重ねて処罰するものでないことはいうまでもない、という。

しかし、前述のように、本件覚せい剤は二つの性格を併せ有するものなのであるから、ことさらそのうちの一面だけを取り上げ反面は無視して、一面の犯罪行為によってのみ処罰しているとするのは、強引過ぎる論法である。

本件覚せい剤の性格の二面性を素直に認める限り、原判決は憲法第三九条後文に違反すると言わざるを得ず、破棄を免れないものである。

第三 原判決は、憲法第一四条にも違反しており、破棄されるべきである。

一 前述第一で述べた原判決のような解釈は、初回の譲渡の際に金銭ではなくいわゆる薬物四法が禁じる薬物と交換した者に対する場合と差別的な取り扱いをするものであって、憲法第一四条に違反する。

すなわち、例えば本件において被告人が初回の譲渡代金に代えて大麻を譲り受けたと仮定した場合には、原判決によれば右大麻は「不法収益」に当たらず麻薬特例法の適用を受けないものである。そして右交換によって被告人は他に何らの利益も得ていないのであるから、麻薬特例法によってはその他の没収・追徴も科されないことになる。

ところが、本件のように、一旦譲渡代金を金銭で受け取った場合には、例えばその代金をもって全額大麻の購入に当てたときであっても、代金相当額は全額追徴されることになる。

右両者には経済的には何らの差異もないのに、差別的取り扱いをするものである。

二 では、かかる差別的取り扱いをするについては合理的理由があるのだろうか。

麻薬特例法の立法趣旨を考慮しても、右二つの例のいずれも、被告人の取得した不法な利益は全て現在所持している大麻に集約されているのであるから、それを没収すれば洩れなく不法な利益ははく奪されたことになるのであって何ら問題はないはずである。

原判決は、原判決のように解釈しなければ密売が何度も繰り返された場合にも最後に所持していた薬物だけしか没収できないことになって不都合だというが、しかし何度密売を繰り返そうともそこで得た不法な利益が全て現在所持している薬物に集約されている限りは、それさえ没収できれば被告人の手元に一切不法な利益は残されないことになるのだから、被告人にとっては骨折り損のくたびれ儲けということになって立法目的は達成されるのである。

従って、右差別的取り扱いを是認すべき合理的理由は見当たらず、原判決は憲法第一四条に違反するものとして破棄を免れない。

第四 原判決は刑の量定が甚だしく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

一 原判決は、被告人を懲役三年と没収に処した一審判決を破棄し、被告人を懲役三年及び罰金一〇万円、没収と追徴に処する旨の判決をした。その破棄理由については法令適用の誤りを言い、量刑不当の点についての判断を示していないので、なぜこのように重く変更されたのか明らかではない。

しかしながら、検察官の控訴趣意書及び原審で取り調べられた証拠から推測するに、一審判決が「譲渡代金が日常的に費消される程度の少額であることに照らし、罰金刑は併科しない。」としたことが法の趣旨を没却し、また同種事犯に対する量刑の実情と対比して、軽きに失し甚だしく均衡を失しているとするためかと思われる。

二 だが、一審記録によれば、被告人はFから「もうけ半分でシャブのバイやらへんか」と誘われてもこれを断っており、その後もせいぜい自ら使用する分を浮かせるかパチンコ代の足しにするか程度の小遣い稼ぎをしていたものであって、そこにはさほどの強い利欲的動機は見当たらないと言うべきである。

従って、本件に敢えて罰金刑を併科しなかったからといって、利欲的動機から覚せい剤を譲渡する者を処罰する法の趣旨を没却することにはならない。

また、刑の均衡という点からみても、本件被告人は、薬物事犯の前科は一犯だけであることを考慮すれば、懲役三年という実刑の重さからみて、罰金刑併科が必要とは思われない。

よって、原判決が、被告人を懲役三年及び罰金一〇万円、没収と追徴に処することは重きに失し、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

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